仕事上のコミュニケーションについて述べる書籍や、さまざまな個人ブログ、ビジネス系メディアに掲載される記事でよく見かける言説に、相手に何かを伝えるときに、その背景情報を伝えるのが大事、というのがあります。

ぼくはこの背景を細かく伝えるのが大事、という理論について完全なる誤りではないものの、重要な誤りを含んでいて、その誤りによってそれを聞いた人で、素直にそのままその言葉を受けたってしまった人に、悪い影響を少なからず与えていると思っています。

というのは、このような言説の影響を受けてか、とにかく背景情報を詳しく伝えれば良いと考えているような説明を、随所でみかけるためです。

たとえば、もしあなたがいつも行っている居酒屋に行ったときに、あなたがその居酒屋で毎秋楽しむ料理である秋刀魚の塩焼きが、今年はメニューからなくなっていたとして、それについてこういった説明を受けたらどう思いますか?

「今年は秋刀魚の塩焼きはやっていないんですよ。なぜなら、今年は日本中で秋刀魚が不漁でして、秋刀魚の市場価格が高騰しているからです。私たちの店の従業員の平均的な時給は1,200円でして、それを踏まえ、秋刀魚に関して言うと、仕入れ価格が1匹につき400円を超えると困るんですよ。なぜかと言うと、全メニューにおいて、平均的な粗利 = 料理の提供価格 - 料理の原価が600円を超えるように設定しなければ、従業員の平均時給からして、店舗として黒字ラインを達成できないからです。ちなみに、なぜ今年秋刀魚が不漁かと言うと、色々と原因について推測はなされているところなのですが、エルニーニョ現象が影響しているとも言われており、…」

ぼくだったら、思わずGoogleMapの口コミに1をつけたくなってしまうかもしれません。というのは冗談で、それぐらいでそんなことはしませんが、背景情報をとにかく細かく伝えれば良いということではないということは理解できると思います。

では、何を伝えるべきかと言うと、ぼくは相手へのコミュニケーションを通じて、相手に期待する行動について、その障壁となることを取り除く内容を伝えるべきだと考えています。

障壁を取り除くような内容とは、例えば次のような内容です。

  • 相手がそもそもその行動をしたくないと思っているのであれば、その行動をすることで相手にどのようなメリットがあるのか、あるいはその行動をしないことで、相手にどんな困ったことが起きるのか、というような行動の動機を与えるような情報
  • して欲しい行動が抽象的であり、相手がその行動を取るために、その行動の意図や目的を共有しなければ実行が難しい場合には、なぜやるのか、それをやることで全体像としてどういった状態を目指すのかというような付随的情報

相手と自分の関係性や、相手と自分がいる環境が何を前提情報として当たり前のものとして扱うかによって異なりますが、情報伝達とそれに伴う相手の行動を期待するコミュニケーションにおいては、相手に取って欲しい行動の障壁となっている事項を取り除くために必要十分な情報だけを伝えれば良いのであり、背景情報を伝えると言うのはその手段にすぎません。

先ほどの居酒屋の例で言うと、居酒屋の店員の方は、秋刀魚が好きな客に、秋刀魚がないことに納得してもらい、その店にまた来てもらえればいいわけですので、「今年は秋刀魚が高くてうちも仕入れられなくて困ってるんですよ。頑張って安いときを狙って仕入れたいと思っているのでまた来てくださいね。」とでも言えばOKです。

「背景情報をつぶさに伝えた方が良い」というような言説は、とにかくできる限りつぶさに伝えれば良いわけではないという意味で誤りを含んでおり、その言葉をそのまま信じた人の説明を、周りの人にとってクドいものにしているという点で、その人に悪影響を与えていると思います。

ところで、税金の金額通知書には、支払いが遅れると延滞税が高い年率でかかることが記載されています。
これはその行動をしないことで、困ったことが起きるという強力な情報ですよね。この記載内容にはいつも、税金を適切に期限までに支払うことを徹底しようと思わせられます。相手に期待する行動の障壁となる事項を取り除くということが、よく意識された通知内容であるな、と感心しています。